HIV感染症はプライバシーに配慮しよう!

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HIV感染症は他の疾患と比較して、プライバシーへの配慮が特に必要な疾患ということを知っていますでしょうか?
今回はHIV感染症が持つ社会的背景について考えていきたいと思います。

性的指向が判明してしまうという問題

HIV感染症は「感染症」なんです。
血液を介して感染が伝播することが知られていますが、具体的にどのような行為によって感染するのでしょうか?

HIV新規感染者の社会的背景(感染ルート)を答えることができますか?

まずは、日本のHIV新規感染者の社会的背景(感染ルート)について考えていきたいと思います。

HIV感染症は感染症法の5類感染症全数把握対象疾患(後天性免疫不全症候群)に該当し、その報告が義務づけられています。
エイズ動向委員会によって「エイズ発生動向年報」が報告されており、国内で診断された患者の背景を知ることができます。
では、2020年の報告数を見ていきたいと思います。

2020年の新規報告数は、HIV感染者750(男性712、女性38)、AIDS患者345(男性328、女性17)であった。
HIV新規感染者の中では、男性同性間性的接触(両性間性的接触を含む)による感染が全体の72.4%(543/750)で、その大多数は20~40代であった。

と、報告されています。
日本のHIV新規感染者の大半は「男性同性間性的接触」によって感染しているという事実があります。
いわゆる「LGBT」の「ゲイ(+バイセクシャル)」と呼ばれる人たちです。

では、HIV感染症であることが周りにバレるとどういうことが起きるのでしょうか?

あっ、この人はそういう性的指向を持っている人なんだ。

こう周りの人たちから思われてしまうリスクがあるということです。
よく考えてみてください。
同性愛者という背景を抜きにしても、自分の性的指向がわかってしまうということは「ものすごく抵抗がある」と思いませんか?
性的マイノリティに対する差別や偏見が改善してきたとはいえ、冷たい視線があるという事実は否定できません。

高血圧と言うことが周りにバレても特に気にならないですよね?
HIV感染症の場合はそうは言えなくて、このような社会的背景を持っている感染症であることを理解しておかなければなりません。

そのため、プライバシーには特段の配慮が必要となります。

HIV感染症の薬は非常に高価であり、現在最も多く使用されているビクタルビ配合錠は1錠あたり7094.1円(年間約260万円)です。
保険診療や社会福祉制度を利用することで、月額0~2万円まで負担を減らすことができますが、一部の方々は今でも自費診療で治療を行っております。
患者さんは、家族を持っている方もいますし、それなりの社会的地位を持っている方など様々です。
年間約260万払ってでも、周りにバレるリスクを減らしたい、それだけ本人にとっては抵抗があるということを理解しておきましょう。

男性同性愛者が多い地域は?

余談ではありますが、男性同性愛者が多く集まる地域(スポット)を知っていますか?
例えば東京では「新宿」や「上野」、「新橋」が有名です。
新宿なら「国立国際医療研究センター病院」、上野なら「がん・感染症センター 都立駒込病院」、新橋なら「東京慈恵会医科大学附属病院」といった具合に、その地域の近くには、感染症で有名な病院があるんです。

患者さんの中には片道数時間かけて遠くの病院に薬を貰いに行っている方々もいます。
それもやはり「周りにバレたくない」という理由からです。

薬害エイズという事件の影響

HIV感染症に対して、どんなイメージを持っていますか?

こんな質問をよく学生にすることがあります。
すると学生は「いや、特に、、」とか「ちょっとわからないです。」と回答することが多いです。

では、同じ質問を今の40代以上の人に質問するとどういう答えが返ってくるのか想像してみてください。

「すごい怖い病気のイメージがあります。」とか「治らない病気なんじゃないか?」と、学生とは全く違った反応が返ってくるんです。

この違いは何に由来するものなのでしょうか?

薬害エイズ事件

薬害エイズ事件とは、加熱処理をしてウイルスの不活性化を行わなかった血液製剤(血液凝固因子製剤)を使用したことにより、多数のHIV感染者を生み出した事件です。
当時、日本の血友病患者約5000人のうち約3割(約1500人)が感染し、多くの死亡者を生み出しました。
HIV感染症は一度感染すると完治はほぼ不可能であるため、今でも苦しんでいる方が数多く存在します。

未だかつて、副作用で数千人の感染者と数百人の死亡者を出した薬があったでしょうか?

それだけ当時はインパクトの強い事件として報じられていました。
(厳密にはイレッサの間質性肺炎等も数百人の死亡者を生み出していますが、、)

少し細かく時系列を整理していきたいと思います。
1980年代頃から血液製剤を使用した患者がよく分からない感染症でなくなるということがわかってきました。
1983年に電子顕微鏡の進歩により初めてHIVの存在が証明されました。
1985年に日本で初めてのHIV感染症が報告され、ここから誤った知識による差別や偏見が生まれていきます。
当時は感染経路もわかっていなかったため「エイズパニック」という現象が日本各地で起こり、センセーショナルに報じられていきました。
当時は治療法もなかったため、ただ免疫が低下して死を待つという「HIV感染症は死に至る怖い病気」というイメージも浸透していきました。
1997年にHAART(ART)と呼ばれる多剤併用療法が確立され、HIV感染者の予後は劇的に改善します。
治療法が確立されると報道では報じられなくなるため、当時の怖いイメージのまま知識がストップしてしまった人がたくさんいるというのが事実です。
そのため、若い人と高齢の人では、HIV感染症に対するイメージが全く違うという現象が生じることとなりました。

どういうことか整理していきましょう。
HIV感染者がいるとわかったら、周りにいる人はどう思うかということです。

あれっ?
HIVってすごく怖い病気じゃなかったっけ?
治療法もないし、近くにいると感染するかも?
病院変えようかな?
とにかく、怖い!

これは当時の誤った知識に基づくものではありますが、こう思う人が少なからずいるというのも事実です。
HIV感染者本人にとっても、周りの人にとっても、不要な心配をさせずに安心して医療を受けられるよう取り組んでいくことが大切です。

そのため、プライバシーには特段の配慮が必要となります。

今でも誤った知識が浸透していると感じることが時折あります。
漫画やアニメでHIV感染症による描写を見たことはないでしょうか?
例えば「ソー〇アート・オンライン」のユウキ(絶剣)というキャラクターが実はHIV感染症だったと最後に言われた時には驚愕しました。
「今はほとんど普通の人と同じ生活が送れるんだよ!」と、せっかく楽しく見ていたアニメが急に面白くなくなったことを覚えています。
2014年に放送されたこのアニメですが、治療法が確立されて10年以上が経過した今でも、誤った知識が浸透しているんだと痛感させられました。

血友病とは?

せっかくなので、血友病についてもおさらいしていきたいと思います。
血友病とは血液凝固因子(A:第Ⅷ因子、B:第Ⅸ因子)が生まれつき不足(欠乏)している病気です。
出血が止まりにくくなることはもちろんですが、痣などの目に見えない出血(内出血)が問題となります。
具体的には、走ったり運動したりすると膝の関節内に出血が起こります。
そのため、例えば体育(スポーツ)の前に血液製剤(凝固因子製剤)を補充するといった治療が行われます。

血液製剤と聞くと点滴をイメージする方が多いと思いますが、どちらかというとインスリンのようなイメージです。
凝固因子製剤は静脈内注射ですが、日常的に血液製剤を使っていく必要があります。

さいごに

HIV感染症は「性的指向」と「薬害エイズ事件」という強烈な社会的背景を持っています。
HIV感染者と接する際に、このことだけは理解しておいていただきたいと思い、今回この記事を作成させていただきました。
日々の診療に少しでも役に立っていただければ嬉しく思います。