ニューモシスチス肺炎の治療・予防薬

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今回のお話はちょっと不思議な真菌、ニューモシスチス・イロベチイ (Pneumocystis jirovecii)についてです。
細胞壁の構造が他の真菌と異なるこの真菌には、一般的な抗真菌薬は効果を示しません。
その治療法も少し特殊なものとなりますので、確認していただければと思います。

ニューモシスチス肺炎とは

Pneumocystis pneumounia = PCP

ニューモシスチス肺炎とは免疫が低下(細胞性免疫不全)することにより引き起こされる日和見感染症です。
自覚症状として発熱乾性咳嗽呼吸困難3主徴とする呼吸器症状を呈し、予後が非常に悪い感染症であるため、予防早期診断早期治療が重要とされています。
HIV感染症患者の日和見感染症として有名ですが、その他にもステロイド・免疫抑制剤・生物学的製剤・抗がん剤の投与、悪性腫瘍、骨髄移植などの免疫不全状態が発症の危険因子とされています。
HIV感染症患者にとっては、今も昔も死亡率が一番高い日和見感染症であり、その対応についてはよく知っておく必要があります。

少し歴史を振り返ってみると、以前は「カリニ肺炎」と呼ばれていました。
これは「原虫」による感染症と考えられていたのが、実は「真菌」による感染症であったことがわかり、その学名(分類)が変更となったことに起因します。
(なんと約80年間も誤った解釈がなされていました。)
学名が変更されて以降、「カリニ肺炎」とは呼ばなくなり、「ニューモシスチス肺炎」と呼ばれるようになりました。

旧学名:ニューモシスチス・カリニ(Pneumocystis carinii
現学名:ニューモシスチス・イロベチイ(Pneumocystis jirovecii

感染経路

咳やくしゃみを介して感染が拡大する「飛沫感染」が主たる経路と考えられていますが、飛沫核と呼ばれる小さな粒子が空中を浮遊し感染を引き起こす「空気感染」や「無症状保菌者からの飛沫感染」も報告されており、相応の感染対策が必要です。

「感染経路別予防策」についてはこちら

特に治療開始1週間までは排菌量が多いとされており、個室や空気感染に準じた管理が必要となります。
やむを得ず大部屋での管理が必要な場合は、免疫抑制状態にある患者さんと同室にならないよう配慮しましょう。

治療薬(治療期間:21日間)

第一選択:ST合剤

ST合剤(経口) 1回3~4錠 1日3回
ST合剤(注射) 1回3~4A 1日3回(経口投与が不能な場合)
※ 1日としてトリメトプリム(TMP)15mg/kg相当
※ 注射は5%ブドウ糖液500mLに混合(生理食塩液も可)

第二選択:ペンタミジン

ペンタミジン(注射) 4mg/kg 1日1回 1時間以上かけて
※ 注射は5%ブドウ糖液250mLに混合

第三選択:アトバコン

アトバコン(内服) 1回1包(750mg) 1日2回 食後

補助療法

重症例ではステロイドを併用する
(目安:PaO2 < ‌70mmHg 又は A-aDO2 > ‌35mmHg)

予防薬

第一選択:ST合剤

ST合剤(内服) 1回1~2錠 1日1回 連日 or 週3回

第二選択:ペンタミジン

ペンタミジン 300mg 月1回 30分かけて吸入

吸入方法

吸入器具 : 5μm以下のエアロゾル粒子を生成する能力を有するネブライザー
吸入環境 : 換気性の良い部屋を使用し、取り扱い者は防護手段(手袋、マスクなど)を講じ、できる限り被曝されないようにすること

(注)COVID-19対策でネブライザーの使用が(エアロゾルが発生するため)制限されている場合があります。

第三選択:アトバコン

アトバコン(内服) 1回2包(1500mg) 1日1回 食後

※ アトバコン(商品名:サムチレール)は1包1759.6円(2022年1月現在)、1か月(30日)で105,576円、1年間で1,284,508円(100万以上)する非常に高価な薬です。長期投与が予想される場合は、ST合剤の脱感作療法を検討するなど、コスト意識も重要です。

予防の目安

HIV感染症(CD4+<200)等の免疫不全患者
ステロイド(PSL≥20mg)等の免疫抑制薬の使用

ST合剤の脱感作

第一選択薬のST合剤で治療を開始しても、副作用(皮疹、発熱、血球減少、肝機能障害 など)の発現などで、全体の4割弱しか21日間の治療期間を完遂できないと言われています。

一方で、発疹など軽度なら脱感作により 8 割以上が投与可能になることが報告されています。

Ann Allergy Asthma Immunol 2000;85:241-244.

ニューモシスチス肺炎の発症予防効果は、ペンタミジンよりST合剤の方が優れていることも報告されており、アトバコンは非常に高価な薬剤でもあることから、予防投与の期間が長期になることが予想される場合は、ST合剤の脱感作を試みることも必要です。

脱感作のプロトコル

The journal of AIDS research 2011;13:20-25.

さいごに

今回は、ニューモシスチス肺炎の治療&予防薬についてお話しさせていただきました。
HIV感染症に携わっている人以外ではなかなかなじみのない疾患と思います。
ただ、ステロイド投与中など意外と身近にある感染症であることも事実です。
今一度見直して、適切な薬物療法の参考にしていただければ嬉しく思います。